下書き うつ病・勉強会#15 躁状態先行仮説-3
ここから便宜的にマニーという用語を使います。そう状態に限定せず、古くからの意味で、脳の興奮状態を指します。
2000年以上にわたり、マニーは、精神の病の主要なものと考えられてきました。せっかく勉強したので紹介します。歴代の精神科医がそれぞれ独自に、しかし一貫してマニーという言葉で精神病の中核と考えてきた。たとえばPinelピネルはマニーを精神病の最も一般的な形と考えたし、Hienrothハインロートはプシケ(Psyche 精神)の根本的な病をマニーとみなしました。Griesingerグリージンガーは興奮状態が一部のうつ状態の原因であると考えた。Kraepelinクレペリンはこうした伝統を引き継ぎ、マニーを広く定義しました。
クレペリンが提案した疾患単位である混合状態(躁状態とうつ状態の混合のこと)や気質診断(病前性格のこと)などは、興奮状態を基本として分類したものです。クレペリンの時代の後で、マニーは重要と考えられなくなり、かわりにシゾフレニー(統合失調症)が重視され、精神分析が盛んになり、その後はDSMIIIの単極性大うつ病が重視される時代になりました。最近では双極性障害や気分障害を連続体・スペクトラムとして考えることがリバイバルしていますが、その中には混乱も見られるようです。
混乱の理由は、現代精神医学がうつ病を広く頻繁に見られるものとして、活力の低下を意味し、うつ病とマニーとは独立のものだと考えるようになったからでしょう。逆のことを私たちは主張したいのですが、それは、マニーが気分障害の中核となる精神病理であり、うつ病はその結果だという見方です。
双極性障害の40年以上に渡る経過観察のデータがあり、そのデータと精神薬理学的文献から、広い意味でのマニーを神経の興奮プロセスとしてとらえなおし、検証したいと考えています。私たちが提案するのは「躁状態先行仮説」です。
マニーとうつ状態は別のものではなく、本質的にリンクしていて、マニーの時の神経の興奮が先行し、うつ病はそれに続発する結果だと考えます。比喩的に言えば、マニーは火事で、火事の後は家がなくなり、寝るにも食べるに風呂に入るにも困るでしょう、それがうつ状態です。それが家が再建されるまで続く、そんな感じです。
まず薬物療法と臨床精神病理学の二つを検討してみて、躁状態先行仮説が正しいことを示しましょう。また躁状態先行仮説に対する反論を考察します。さらにもしこの仮説が正しかったら臨床的にどのような結論が導かれるのか、考えてみましょう。
表1
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躁状態先行仮説のエビデンス
臨床精神薬理学
1。リチウムの予防効果
2。リチウムの中止による現象
3。リチウムも抗てんかん薬も、また抗精神病薬も、うつ病に対する作用は主として予防効果であって、直接効果は限られていること
4。抗うつ薬誘発性マニーまたはラピッドサイクリング
臨床精神病理学
1。躁病ーうつ病ー無症状期(MDI)サイクルのパターンとDMIパターンについて
2。躁うつ混合状態
3。患者の主観的な経験
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臨床精神薬理学からのエビデンス
リチウムの予防効果と中止による現象
躁状態がうつ状態に先行するとの考えを思いついたのは、継続的なリチウム治療中に躁うつ病が再発する経過の観察がひとつのきっかけです。抗躁病剤としてリチウムは、最初はあまり注目されませんでした。その理由は、リチウムが効果的だと考えられるマニーが非常に狭い範囲の限定されたものだったからです。リチウムのマニーの再発予防効果研究の途中で、リチウムにはうつ病の再発予防効果もあることが判明しました。
研究者はリチウムが躁うつ病のすべての症状に対して予防効果があることを示しました。抗躁薬によりうつ病の予防ができることは驚きでした。そして同じことが、抗てんかん薬でも抗精神病薬でも確認されました。
メカニズムとして推定されたのは、リチウムは、躁病治療作用を介し躁病予防効果を発揮するのと同様に、抗うつ作用を介してうつ病を予防するということです。しかしながら、リチウムの躁うつの気分循環に対する予防効果については強いエビデンスがありますが、リチウムによる急性うつ病に対する直接の効果はまだ検証されていません。1.0mEq/L程度の高い血中薬物濃度ではうつエピソードの延長が見られる可能性も報告されています。これはリチウムが抗うつ効果そのものは持っていないのではないかと推定させる材料です。また一方で、治療抵抗性うつ病に対して抗うつ剤を使用しつつリチウム増強療法が有効であることも報告されています。これはうつ状態に対して直接効果があることを推定させる材料です。両面があるわけです。
これら多くの研究はDSMⅣ以前のものであって、うつ状態とされたもの中には双極Ⅱ型が含まれている可能性があります。DSMⅣ以後の研究、特にSTARーDでは、リチウム併用による抗うつ剤強増作用は強くはないと示されています。最近のメタ解析ではリチウムはうつ病よりも強く躁病を予防すると示されていますが、一方で、リチウムはうつ病を予防しないと示されているわけではありません。実際、プラセボに比較して、リチウムのうつ病の予防効果は顕著に高いことが示されています。以上から、躁状態が起こるからうつ状態になり、リチウムは抗躁効果を介して抗うつ効果があると考えたらどうかと思います。
リチウムがマニーを抑制しないなら、マニーにひきつづくうつ状態の抑制効果はないでしょう。しかし、リチウムがマニーのエピソードを弱める場合には、マニーに続くうつ状態のエピソードは消えるのではないでしょうか。マニーが完全に予防された場合には、うつ状態は起こりませんでした。
マニーで始まる循環病患者(MDIタイプ。Manie,Depression,Intermediate periodと続くタイプ)は、うつ病で始まり、次にマニーまたは軽躁状態になる循環病患者(DMI)よりもリチウムの予防効果が高いことが示されました。この観察は引き続き検証中です。
この観察に対しての最も一般的な説明としては、双極性障害の中にも特殊なサブタイプがあり、それはマニーからうつ状態に変化する循環病の経過が特徴で、リチウムによく反応するというものです。別の説明は私たちのもので、リチウムはうつ状態よりもマニーをよく予防し、したがって、それに引き続くうつ状態を回避するのに役立つというものです。
予防における抗躁効果の重要性は、リチウム中止研究から得られました。多くの研究グループが示したところによれば、双極性障害が一段落した後に継続してリチウムを投与していたとして、リチウムを急激に中止した場合は、うつの再燃ではなく、マニーの再燃をもたらします。この場合のマニーはリチウム中止によるリバウンド現象であると考えられます。
論理的に考えれば、もしある薬剤の中止によりマニーになるのであれば、その薬剤には抗マニー作用があるはずです。
まとめると、リチウムは急性マニーに対して鎮静効果があり、さらに将来のマニーを予防する効果があります。従って、うつ状態を予防することになります。
リチウムが急性うつ状態に対して効果があるように見えるのは、現在の診断学がうつ成分とマニー成分を充分に区別していないせいだと考えられるでしょう。リチウムは「うつ状態」の中の「マニー成分」を鎮静しているのであって、そのことによって現在の「うつ状態」に効果があったと見えるのだろうと思います。このあたりは少し気が利いていると思いませんか。
しかし、批判としては、それは定義をいじっているだけではないか、うつ状態と躁状態、そして混合状態の鑑別をしっかりすればおのずと明らかになるのではないかとの考えがあると思います。ところが現状では、基礎になる状態像の鑑別も、精神病の全体像をどう仮定するかによって、異なってくるという事情があります。科学的客観的測定とはなかなかならないのです。
いつの日か、科学的客観的測定が実現して、それを数学的に解析して、精神医学の全体像が理解されるようになればいいのですが、その日は遠いと思います。天動説が否定されたのは、ち密な測定結果が積み上げられ、説明不可能な部分が次第に明らかになり、どうしても地動説を採用するしかなくなったのだと思います。そのような動かぬ証拠が積み重ねられるまでは、共同幻想としての体系が支配するのだと思います。(つづく)