by 品川心療内科
気分障害の経過に潜む双極性bipolarityを早期に適切に見抜き、不用意な抗うつ薬の単剤投与により病態を悪化させることがないように配慮することが重要である。一方、双極スペクトラムの過剰な拡大あるいは双極性bipolarityの過剰評価は、本来であれば十分量の抗うつ薬を使用すべき症例に対する抗うつ療法が不十分なものとなり、ひいてはうつ病の遷延化の要因となるかもしれない。また、安易に気分安定薬や第二世代抗精神病薬が使用され、薬物療法偏重主義に陥りかねないというネガティブな側面を有することも否定できない。そうした両面を十二分に視野に入れる「バランス感覚」をもったうえで双極スペクトラム概念を臨床に活かすことによって、気分障害の臨床を、より精緻なものとすべきである。
Akiskalらは1987年、気分変調症のうち、抗うつ薬に反応するsubaffective dysthymiaが、抗うつ薬などによって軽躁となり気分循環症となり、さらにうつ病エピソードの出現をみて双極ll型障害の経過をとりうるという連続論に立脚した微細双極スペクトラム(softbipolar pectrum)の概念を提唱した。
この概念の意義の1つは、単極型と双極型とに分離された気分障害の2つの領域の中間に症候的移行状態とみなせる群の存在を再確認することによって、その2つの領域を改めて連続するものととらえなおすことにある。
Akiskalらは、そうした概念を背景に、表1に示したような双極スペクトラムの類型を提案している。
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表1
双極1/2型:統合失調双極性障害
双極Ⅰ型:躁うつ病
双極Ⅰ1/2型:遷延した軽躁をもつうつ病
双極Ⅱ型:自生的で明瞭な軽躁状態をもつうつ病
双極Ⅱl/2型:循環気質者のうつ病
双極Ⅲ型:抗うつ薬や身体的治療によってのみ起こる軽躁とうつ病
双極Ⅲ1/2型:物質ないしアルコール乱用によってのみ起こる軽躁とうつ病
双極Ⅳ型:発揚気質者(hyperthymictemperament)のうつ病
(AkiskalHSetal、1987より引用)
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近年、双極スペクトラム概念が注目される一方で、双極スペクトラム、微細双極スペクトラム、双極スペクトラム障害(bipolar spectrum disorder:BSD)などの種々の用語の使用をめぐって若干の混乱が見受けられる。そもそも双極スペクトラムの原義は、Akiskalらの分類のように、統合失調症と交錯する部分を有する重症極から、診断基準上は軽躁病エピソードの出現をみない軽症極のものまでを幅広く包含する概念である。これにくらべ、‘soft’の名が冠せられる場合には、Goodwinらが示したように「診断基準を満たす明確な躁病/軽躁病エピソードは認めないが、双極性要素つまり双極性bipolarityを有する気分障害」に限定してとらえるのが妥当である。こうした微細双極スペクトラムは、Ghaemiらが双極スペクトラム障害(BSD)と概念規定したものに相当すると考えてよいであろう。なおAkiskalらのいう微細双極スペクトラムとは、このBSDと双極ll型障害を包含するものであろう。
Akiskal微細双極スペクトラム=Ghaemiらの双極スペクトラム障害(BSD)+双極ll型障害
Akiskalらは、DSM-IVで大うつ病性障害すなわち「単極性うつ病」と診断された症例の50%は、‘soft’という意味で双極性であると主張している。従来、双極性障害の生涯有病率は1%未満と考えられてきたが、こうした‘soft’な周辺領域も包含すれば、一般人口の5%以上は広義の双極スペクトラムに該当するという。
こうした双極性概念の拡大は、単に双極性というレッテル貼りを増やすということではなく、ひとえにその治療的貢献のためにある。双極性bipolarityが混入したうつ病に不用意に抗うつ薬を単独使用することで病態が複雑化したり、自殺企図を誘発したりする抗うつ薬の負の作用に患者をさらすことなく、気分安定薬による治療の恩恵を患者が得られるようにすることが双極概念の拡大の意義であるとAkiskalらは主張する。
現在のところ単極性うつ病であっても将来、双極性障害へとシフトする可能性のある症例、つまりpotential bipolarの予測因子を明らかにしておくことが重要である。
potential bipolarの予測因子を考慮するにあたって重要な示唆を与えてくれるのはGhaemiらが提案している双極スペクトラム障害(BSD)の診断基準であろう(表2)。GhaemiらのBSDの診断基準では、双極性障害の家族歴と抗うつ薬誘発性軽躁状態をとりわけ重視する。例えば「うつ病エピソード数の多さ」は、それ単独では双極性の決め手に欠けるものの、「高揚気質」、「抗うつ薬誘発性(軽)躁病エピソード」「うつ病エピソードにおける非定型症状」「若年発症」などといった併存する予測因子が多ければ多いほどbipolarityの指標としての有用性を増す。
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表2 Ghaemi 双極スペクトラム障害(BSD)の診断基準
A 少なくとも1回の大うつ病エピソード
B 自然発生的な躁・軽躁病エピソードはこれまでにない
C 以下のいずれか1項目とDの少なくとも2項目(あるいは以下の2項目とDの1項目)があてはまる
1 第一度親族における双極性障害の家族歴
2 抗うつ薬によって惹起される躁あるいは軽躁
D Cの項目がなければ以下の9項目のうち6項目があてはまること
1 高揚気質(発揚性人格)
2 反復二大うつ病エピソード(≧3)
3 短い大うつ病エピソード(平均3ヵ月未満)
4 非定型うつ症状(DSM-IVの特定用語)
5 精神病性うつ病
6 大うつ病エピソードの若年発症(25歳未満)
7 産後うつ病
8 抗うつ薬の効果減弱(wear-off)
9 3回以上の抗うつ薬治療への非反応
(GhaemiSNetal、2001より引用)
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この診断基準を手掛かりにpotential bipolarの予測因子、つまりbipolarityの指標をまとめると表3である。これらの指標に注目して早期に双極性bipolarityを適切に評価、診断すれば、抗うつ薬の安易な単独投与による病態の複雑化(躁転、混合状態、自殺企図)の回避ならびに気分安定薬による病状の安定と再発予防ができる。
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表3。potential bipolarの指標
抗うつ薬誘発性の(軽)躁病エピソード
双極性障害の家族歴
頻回のうつ病エピソード(3回以上)
高揚(発揚)気質
若年発症(25歳未満)
産後発症
うつ病エピソードにおける過眠・過食症状。恐怖症状
うつ病エピソードの遷延化(治療抵抗性うつ病の約50%が双極性障害)
季節連関性(冬季うつ病)
不安障害の併発
広義の混合状態の出現(大うつ病エピソードへの少なくとも3個の躁症状の混入)
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