「人間の身体、器官に何らかの病状が発生した場合、そこに心理的なものが強く影響しているとしても、身体、器官における身体医学的諸条件が必ず関与しているものであり、哲学者でなく医師として患者にかかわる以上、まず身体を重視しなくてはならないことはいうまでもない。
また、人間の心というものは、脳の働きによるものと考えられる。心をすべて脳の働きと言い換えてよいかどうかには問題が残るとしても、少なくとも脳なくしては心は存在しないと考えられる。そしてその脳の働きは身体の他の部分からの影響をたえずこうむっている。したがって心身相関の考えとは、脳の状態や機能が身体組織や器官に及ぼす影響について、また身体組織や器官の状態や機能が脳に及ぼす影響について、常に考えていくことになる。
他方、人間は環境との相互作用によって発達・成長してゆくものである。とくに人間は他の哺乳動物と違ってほとんど子宮外胎児といえる未熟な状態で誕生するので、その後の発達・成長に環境が及ぼす影響は著しく大きい。生理学的諸機能の分化・発達に環境や母親との相互作用が直接影響するものと考えられる。
さらに、パーソナリティの形成や感情面の成熟は、その人の生活する文化、社会、そこでの対人関係によって大きく左右されるから、心身相関を考える際には、個人と社会、文化との相互作用をも考慮に入れねばならない。
つまり、人間においては、その内部において心(脳)と身体各部の間に相互作用が行われると同時に、外部の環境(対人関係を含む)との間でたえず相互作用が行われている。人間の疾病とは、この複雑な相互作用がどこかで何らかの不調をきたしたものと考えられる。
したがって、人間の疾病をみる場合には、心と身体を二分するのではなく、人間の内外における全体を評価し、治療的立場からどの因子の処理に力を注いだらよいかを判断すべきである。こういう心身相関の考え方に立てば、人間のすべての病は心身症と考えられ、とりわけて心身症という特殊な疾患群を考えたり、心身医学という特殊な学問領域を設けることは不要であるとも考えられるのである。」成田善弘「心身症」(講談社現代新書)