脳血管障害はやはり火事の一つ。
うつ病Cになると、当然だが、自分は精神病になったのかと思い、絶望感も生じ、うつ病Bのプロセスが混入する。
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なぜこのような説明がしたいかというと、以下のようである。
・そうとうつは対照的ではない。逆ではない。甲状腺機能低下症と亢進症のように反対になっていない。症状のグラフではたいていが、上部分が躁で、下部分がうつになっているが、おかしい。
・躁病とうつ病の症状の項目を比較してみても、『反対』とは言えない。
・グラフの縦軸はエネルギーではない。この場合のエネルギーとは何か、示すことができない。
・純粋躁病がないのはなぜか。純粋うつ病は存在すると考えられている。
・モノアミンとレセプターによる説明はうつ病にはあてはまるが、躁病にはあてはまらない。モノアミンとレセプターで、反対のことが起こっているから躁病だとは誰も思っていない。
・それなのに、抗うつ剤を漫然と使用していると躁転する時がある。なぜか?セロトニンとレセプターでは説明できそうにない。
・内因性と心因性を区別して診断したほうが治療はうまくいく。
・統合失調症の場合、postpsychotic depression がある。
・てんかんの場合も、発作の後にうつ状態が観察される例がある。
・ぼんやりしていると抗うつ薬と反対の作用の薬が躁状態に効くと思うかもしれないが、実際には効かない。
・躁状態は誰の目にも異常が分かる。うつ状態は、正常の抑うつ反応と病的な心因性うつ病と内因性うつ病の区別が難しい場合がある。
・SSRIは効果が出るまで2週間かかる。これはセロトニントランスポーターがかかわっているなどと説明される。逆に、SSRIを乱暴にゼロにしてしまうと、離脱症状が起こるが、それはほぼ即日に発生する。2週間はかからない。この非対称はなぜ起こるのか。
・統合失調症ののあとにも、躁状態のあとにも、てんかんのあとにも、脳血管障害のあとにも、うつ状態が起こる。重度の喪失体験の場合にもうつ状態が起こる。なぜか。
・内因性うつ病(メランコリー型)と心因性うつ病(反応性、神経症性)のほかにも、退行期うつ病(この退行期という言葉もおかしいです。regressionのことですが、退行という言葉は別の意味がある。進化論でも使う。精神分析でも使う。しかし高齢期のことを退行期というのはすこしおかしいと思う。)、周産期うつ病、季節性うつ病、などがあげられ、さらには仮面うつ病、思春期のうつ、児童期のうつなど、いろいろとある。さらには荷下ろしうつ病、引っ越しうつ病、昇進うつ病などもある。これらは、みんな共通のメカニズムなのかといえば、多分共通ではなく、何種類かに分けられると思うのだが、はっきりしない。
・退行期うつ病の言葉が出てきたので書き加える。クレペリンは教科書に退行期うつ病を記載し、躁うつ病とは別のものとしていた。しかしその後研究が進展し、のちのクレペリンの教科書では退行期うつ病は躁うつ病に含まれることになった。しかしアメリカではその変更に反対が強く、アメリカの教科書ではしばらく退行期うつ病は躁うつ病とは独立したものとして記載されていた。ひとつの考え方として、退行期うつ病は進展が緩徐であるため、最初に家庭医や外来精神科クリニックを受診すれば、神経症性抑うつと診断され、投薬治療されて、回復してしまう。その結果、退行期うつ病は存在が薄くなってしまった。重度の焦燥、虚無妄想、木かいな心気妄想などを呈する古典的な退行期うつ病はまれになってしまった。結果として、ICD-8を最後に、公式の疾患分類から姿を消した。
・melancholy で検索すると、2023年に発表された論文でもいろいろある。たとえばメランコリーと非メランコリーの鑑別の方法などが論じられていて、その目的は、通電療法が適しているかどうか判断したいというもの。あるいは、メランコリー型を鑑別するための質問紙(Sydney Melancholia Prototype Index (SMPI))をポルトガル語に移植したブラジルの人たちなど。これらを見ていると、メランコリー型か非メランコリー型かは、依然として大切なのだと思う。
・endogenous で検索すると、これもたくさん出てくるが、中には、こんなのもある。『内因性うつ病は、うつ病の一部の症状に対する時代遅れの診断です。かつて医療専門家は、外部からのストレスや外傷がないにもかかわらず発生したうつ病を表すためにこの用語を使用していました。医療専門家はもはや内因性うつ病を診断しません。今日、人々はこのタイプのうつ病を MDD と呼んでいます。MDD は重度の気分障害であり、他のさまざまな症状とともに長期間の抑うつ気分を経験させます。MDD はさまざまな形で人の日常生活に影響を与える可能性があります。食欲や睡眠習慣に変化をもたらします。内因性と外因性・・医療専門家はかつて、うつ病を概念化するために「内因性」と「外因性」という用語を使用していました。内因性とは「内部から」という意味です。これは、外部のストレスやトラウマに関連していないうつ病を指します。多くの場合、それは遺伝的起源によるうつ病を説明します。外因性とは「外から」という意味です。これは、ストレスや外傷性の出来事などの外的原因から生じるうつ病を指します。精神保健の専門家は、これら 2 つのタイプのうつ病は異なる治療が必要であると信じていたため、別々に診断していました。』これがgoogle検索で上位に出てくるサイトの内容なので、まあ、世間ではこんな感じの受け止め方もあるのだろう。問題点は、内因性=遺伝子の問題と決めてしまうと、容易に優生学とか不妊手術とかナチスの遺伝病子孫予防法とかにつながりそうなことだ。しっさいは、責任遺伝子は、学者が必死に探しているが、かなり多数の遺伝子がかかわっているようで、どこが責任ともいえない状況らしい。双極性障害はシゾフレニーと共通の遺伝子が多く、うつ病はやや違うなどとの報告はあるが、専門家でなければ、その報告をどう解釈していいのか、難しいところだ。
・天動説と地動説みたいなもので、私個人は天動説、つまり内因性うつ病支持なので、考えを変えるにはもう少しショックが必要なのかもしれない。
・新しい抗うつ薬の効果の実証試験の時に、ダブルブラインドでプラセボと比較する。その時の、プラセボの治癒率が高いので、驚く。そして新薬とプラセボの差が小さいことにも驚く。しかし検定では有意差ありとなっていて、良い薬だとの結果になる。この辺りについての一つの解釈は、うつ病として登録している中には、内因性うつ病、心因性うつ病、性格因性うつ病、その他いろいろなものが混じっている。だから、プラセボでも改善する割合が高くなる。うつ病の範囲が拡大しすぎているというものである。確かにそうかもしれないと思うので、次の仕事は、プラセボでも治るグループを選び出すことだろう。プラセボでは治らないグループと、プラセボで治るグループを鑑別できれば、治療としては一歩前進するだろう。検定試験の詳細について吟味すれば分かるだろうか。プラセボで治った人の特徴を調べればよいだけで、データはもうたくさんあるのだから、分かりそうなものだと思うのだが、どうだろうか。
・私の考えでは、うつ病Aには抗うつ薬が有効だと思う。うつ病Bはカウンセリングが有効だろう。うつ病Cは、火事の性質によって、シゾフレニーの薬を予防的に使ったり、マニーの薬を予防的に使う、またてんかんの薬を予防的に使う、そして焼け跡の修復のために、休息と睡眠の薬で充分だと思う。
・うつ病Aは結局遺伝子の問題だというなら、将来的には遺伝子操作をするとか、ナチス的には不妊手術をするとか、そんな話になるのかと言えばそうではないと思う。遺伝子の変異と決まったわけではないが、仮に、遺伝子変異が原因だとして、まず、発症数からして、一代限りの偶然の突然変異ではなく、代々継承されてきた遺伝子である。ということは、進化論的に淘汰されないで生き残っているわけで、その点では、生存や子孫維持のために不利なことばかりではなく、有利な側面もあるのだろうと思う。だから簡単に取り除いたほうがよい遺伝子とは言えないのだろうと思う。遺伝子をどうこうするというのではなく、そのような遺伝子の人がいることを前提として、どのように生活したらよいか、工夫をすればよいと思う。
・DSM-5では、内因性と心因性を区別しない方針と思われているが、実際は、1.抑うつ、2.興味または喜びの著しい減退の、いずれか1つまたは2つが必要とされていて、抑うつは内因性にも心因性にも言えることであるが、『興味』はやや問題があるので別にして、『喜びの著しい減退』については内因性うつ病の場合の快楽喪失または感情喪失を指していて、DSM-5のうつ病は心因と内因の両方を含んでいるとは言うものの、区別がないのではなくて、微妙に区別がありながらも両者を含んでいることも透けて見える。また、睡眠と食欲について、増加または減少と両方を書いていて、これもいろいろなうつ病が包摂される原因である。
・鑑別するとして、うつ病と双極性障害を鑑別するのか、あるいは、内因性と心因性を鑑別するのか、あるいは、内因性と否定形を鑑別するのか、どこのレベルでの線引きなのか、明確にする必要がある。否定形うつ病は性格障害に近いものもあり、双極性障害に近いものもあるなどの論もある。また、内因性は双極性障害に近いと論じるものもある。こうなるとさらに複雑である。
・躁うつが反対のことと考える場合、躁うつ混合状態の説明に困る。またラピッドサイクラーの説明に困る。
・まだいろいろあると思うが、ざっとこんな感じのことがあるので、現在教科書に載っているモデルでは不十分だと思う。それで、個人的にあれこれ考えている。その一部をここに書きつつ、ときどき訂正しながら進んでいる。
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・環境・状況と脳が相互作用する場合、外界刺激が感覚器から入力され、脳の神経回路が反応するので、この部分では、遺伝子も神経細胞も、すぐには変化しないだろう。だから、環境・状況→脳→脳神経回路といったん情報を受容して、次には神経回路→脳→環境・状況と変化をもたらす。
この部分を日常の言葉で言えば、環境・状況と性格の反応である。ストレス脆弱性モデルで説明できる問題である。環境・状況が重大である場合は、環境因・状況因と言っても良いが、PTSDや急性ストレス反応、また適応障害などで考える。神経回路が反応する様子を第三者が見れば、それは性格である。したがって、性格因と表現してよいだろう。
PTSDなどは典型的に『逆行性』うつ病Bの事態であって、感覚器から神経回路のレベルでいったんは収まるが、長期継続していれば、神経細胞やエピジェネティクスにも影響を与える。
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遺伝子から神経細胞、そして神経回路に影響が及ぶ系は『順行性』うつ病Aうつ病である。時に神経回路にとどまらず、脳、環境・状況に変化をもたらす。内因性うつ病、メランコリータイプうつ病が該当する。
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火事と焼け跡モデルで説明されるうつ病Cは、うつ病A、うつ病Bとは違う系列である。細胞修復過程であり、レジリエンスが働く。ここで脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor /BDNF)などが観察される。
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BDNFについて少し勉強すると、
CAPS2が神経栄養因子BDNFの分泌を増強し、脳回路を正常に発達
-CAPS2の分泌増強効果の欠損が、抑制性シナプスの異常を起こし不安を亢進-
ポイント
CAPS2が持つ神経栄養因子BDNFの分泌増強効果を、イメージング技術で解明
BDNF分泌の増強が、海馬のGABA作動性の抑制性神経回路発達に重要
不慣れな環境下では、CAPS2遺伝子欠損マウスの不安行動が亢進
要旨
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、蛍光イメージング解析により、刺激を受けた神経細胞の分泌顆粒が放出するBDNF(脳由来神経栄養因子)※1の量が、分泌調節因子CAPS2※2の働きによって増強する動態を初めてとらえることに成功しました。
BDNFは、神経細胞の生存・分化、神経回路の発達・機能などの調節に必須な分泌性のポリペプチドで、精神神経疾患(うつ病、統合失調症、発達障害、アルツハイマー病など)との関連も示唆される重要な神経栄養因子の1つです。このBDNFは、神経細胞の軸索※3に分布する分泌顆粒「有芯小胞※4」に含まれており、脱分極刺激※5を受けると有芯小胞が細胞膜外に開口してBDNFを分泌(開口放出※6)します。この開口放出には、CAPS2が関与すると考えられていましたが、これまでCAPS2がBDNFの分泌をどのように増強するのか、神経細胞上で促進している様子やその時系列的変化については不明のままでした。
研究チームは、CAPS2遺伝子欠損マウスの海馬※7由来の神経細胞を用いて、BDNFの分泌を蛍光イメージングで解析したところ、CAPS2の存在がBDNF分泌の動的速度を約30%、頻度を約85%、量を約60%増強していることを明らかにしました。また、CAPS2遺伝子欠損マウスでは、海馬のGABA(γアミノ酪酸)※8作動性の抑制性神経回路が脆弱になるとともに、抑制性シナプス発達、抑制性シナプス電流、シナプス可塑性、脳波に異常を示し、さらに、新奇オブジェクトを設置した不慣れな環境下で不安様行動を亢進することも明らかにしました。
今回の研究成果は、CAPS2の分泌増強効果の欠損が、BDNF分泌の減弱を引き起こしてGABA作動性の抑制性神経回路を脆弱にし、全般性不安障害やパニック障害といった不安障害※9を発症するリスクの可能性を示しました。今後、不安障害だけでなく、BDNFとの関連が示唆されるうつ病や統合失調症、自閉症の一種であるレット障害、アルツハイマー病などの精神神経疾患でも、CAPS2の分泌増強効果を利用した臨床への新しい応用・開発が期待できます。
脳を構成する神経細胞には、小型(直径約50nm)のシナプス小胞※4と大型(直径約80~120nm)の有芯小胞という2つの袋状の構造をした分泌小胞が存在します。有芯小胞には、カテコールアミン(ドーパミンやノルエピネフリンなど)や神経ペプチドが含まれており、この有芯小胞の膜が細胞外に開口して分泌物質を放出します(開口放出)。脳由来神経栄養因子BDNFもこの有芯小胞の開口放出で分泌され、約1,300個のアミノ酸からなる分泌調節因子CAPS2が、この過程に作用すると考えられています(図1)。BDNFは、神経細胞の生存と分化、神経回路の形成、シナプスの可塑性などを調節する上で必須な生理活性を持っており、精神神経疾患との関連も示唆されている重要な神経栄養因子の1つです。これまで研究チームは、CAPS2がBDNFを含む有芯小胞の膜に会合した後、例えば高濃度な塩化カリウム(KCl)処理により有芯小胞が脱分極刺激を受けると、細胞内Ca2+が増加してBDNFの分泌活性が促進すること、CAPS2遺伝子欠損マウスが神経細胞やシナプスの発達異常、社会性行動の欠損や不安様行動の増加を発症すること、さらには自閉症患者の中にCAPS2亜型の発現に異常を持つ人が存在すること、などを報告してきました(2007年3月23日プレス発表)。
しかし、どのようにCAPS2がBDNFの分泌を促進するのか、分泌を制御するメカニズムや細胞における分泌の動態についての詳細は不明でした。また、CAPS2のBDNF分泌増強効果が、細胞生物学的にどのような影響を及ぼすかということもよく分かっていませんでした。研究チームは、発達障害や不安障害に関係する脳回路の正常な発達と働きを理解する上で、これらの問題を解決することが重要であると考えました。
1.BDNF(脳由来神経栄養因子)
BDNF(ビーディーエヌエフ)は神経栄養因子の1つで、119個のアミノ酸からなる分泌性のポリペプチドである。哺乳類の神経栄養因子にはBDNFのほかにNGF、NT-3、NT-4/5がある。分泌された神経栄養因子はターゲットとなる細胞膜上の特異的な受容体型チロシンキナーゼに作用して、細胞内シグナル伝達を活性化し、神経細胞の生存・分化、神経突起形成などの調節作用を持つ。BDNFはシナプス可塑性、神経回路の発達、活動依存的な遺伝子発現の誘導などにも関与し、BDNF欠損マウスは生後数週間以内で死亡する。また、うつ病、統合失調症、発達障害(レット障害など)、パニック障害、アルツハイマー病、ハンチントン病などでBDNF量の変化が報告されており、精神神経におけるBDNFの重要性が示唆される。しかし、BDNFの分泌制御メカニズムや分泌動態については不明な点が多い。
2.CAPS2
Ca2+-dependent activator protein for secretion 2の略称。遺伝子名はCAPS2またはCadps2と表記される。タンパク質ファミリーには、ほかにCAPS1がある。当初CAPS(キャップス)は、神経伝達物質のカテコールアミン(ドーパミン、ノルエピネフリンなど)や神経ペプチドなどを含有する有芯小胞の開口放出にかかわる分泌調節因子として同定された。有芯小胞の開口放出のメカニズムは、シナプス小胞の開口放出に類似していると考えられているが、関与する分子についてはよく分かっていない。研究チームはこれまでに、CAPS2が神経栄養因子であるBDNFとNT-3の分泌を促進することを世界で初めて示した。 CAPS1遺伝子欠損マウスは生後間もなく致死となり、 CAPS2遺伝子欠損マウスは神経細胞の発達異常により社会性行動の欠損と不安行動の増加を発症する。研究チームは、自閉症患者で突起輸送が欠損したCAPS2亜型の異常発現を発見しており、患者ゲノムでCAPS2のコピー数多型も見いだされている。このように、CAPS2は神経調節に非常に重要であり、さまざまな精神神経疾患に関連する分泌因子の分泌作用に関係しているが、その機能的および細胞生物学的な役割の詳細には不明な点が多い。
3.軸索
神経細胞体から伸びる神経突起の1つで、出力線維である。軸索終末には神経伝達物質を含有するシナプス小胞やペプチド、カテコールアミンなどを含む分泌顆粒があり、標的となる神経細胞の樹状突起や細胞体とシナプス結合して信号を送る。
4.有芯小胞、シナプス小胞
神経細胞の伝達物質の分泌に関与する分泌小胞には、大別してシナプス小胞と有芯小胞の2つがある。シナプス小胞は小型の分泌小胞(直径約50nm)で、低分子の神経伝達物質(アセチルコリン、グルタミン酸、GABA、ドーパミン、ノルエピネフリン、セロトニンなど)の開口放出に関係する。一方、有芯小胞は電子顕微鏡下で芯があるように見える大型の分泌小胞(直径80~120nm)で、神経ペプチドやカテコールアミン系の伝達物質(ドーパミン、ノルエピネフリンなど)などの開口放出に関係する。BDNFは有芯小胞に含まれて輸送・分泌される。
5.脱分極刺激
神経細胞は、特異的なポンプなどの働きにより細胞の内外でプラスとマイナスのイオン濃度に差があり(例えば、ナトリウムイオン:Na+は細胞の外が高く内が低い。逆にカリウムイオン:K+は外が低く内が高い。塩素イオン:Cl-は外が高く内が低い。)、これによって電気化学的な勾配が生じて(膜電位)、静止状態で細胞膜の内側が-60~-70mVとマイナス側に分極した電位で平衡に保たれている。シナプス伝達で、グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質が伝わると、特異的なイオンチャネル型受容体が活性化され、チャネルが開いてプラスのNa+が細胞の外から内に透過し、その結果分極がプラス側にシフトする。強いシナプス伝達ではより大量のNa+が流入するため、膜電位は0mVを超えて、さらに+40mV付近に向かってシフトする。これを脱分極といい、神経細胞膜が興奮している状態である。脱分極によって電位依存性のカルシウムイオン(Ca2+)チャネルが活性化されCa2+が細胞内に流入すると、Ca2+依存的なシナプス小胞の開口放出の誘導やさまざまなシグナル伝達の引き金となる。神経細胞を電気刺激したり、細胞外を高濃度の塩化カリウム(KCl)溶液に変えることでも人為的に脱分極を誘導できる。一方、抑制性の神経伝達物質であるGABAは、Cl-を流入させ、膜電位をよりマイナス側にシフトさせる。これを過分極という。
6.開口放出
神経伝達物質を含むシナプス小胞や、カテコールアミンや神経ペプチドを含む有芯小胞が、細胞膜と特異的に膜融合することにより小胞内腔と細胞外がつながり、含有されていた分泌物質が細胞外へと放出される現象をいう。分泌部位に輸送されてきた小胞は、細胞膜の特異的な部位(シナプス小胞の場合はアクティブゾーン)に結合して(ドッキング)、準備完了になり(プライミング)、刺激が与えられると小胞膜と細胞膜が融合する(フュージョン) (図1参照)。シナプス小胞の開口放出の過程には、小胞膜と細胞膜に存在するSNARE(スネア)と呼ばれる特異的なタンパク質複合体など多くの因子が関係する。有芯小胞の開口放出の機構にもシナプス小胞と同じようなメカニズムが働くと予想されているが詳細は分かっていない。CAPS2は有芯小胞の分泌経路に関与しており、開口放出のプロセスで重要なはたらきをしているとも示唆されている。
7.海馬
大脳側頭葉の内下部にあり、両側を合わせた形がギリシャ神話の海神がまたがる海馬に似ていることからこの名称が付いた。両側を破壊すると記憶障害が起きることから、記憶や空間学習に関与すると考えられている。
8.GABA(γアミノ酪酸)
GABA(ギャバ)は、脳に存在する神経細胞間のシナプス伝達において、プレシナプス(神経伝達物質を送り出す側)とポストシナプス(神経伝達物質を受け取る側)の間の化学シナプスではたらく抑制性の神経伝達物質の1つである(興奮性の神経伝達物質はグルタミン酸)。GABAは、シナプス小胞の開口放出でプレシナプスから放出され、ポストシナプス膜上のイオンチャネル型受容体(GABA-A受容体)に作用して負電荷の塩素イオン(Cl--)イオンの透過を誘導し、神経細胞の膜電位をよりマイナス側に低下させて(過分極)、神経細胞の興奮を抑制する。また、細胞内シグナル伝達を活性化する代謝型受容体(GABA-B受容体)にも作用し、カリウムイオン(K+)チャネルを介して同様に神経細胞の興奮を抑制する。GABA抑制系は、脳発達期における神経回路形成でも重要な役割を果たすことが知られている。
9.不安障害
全般性不安障害、パニック障害、恐怖症、強迫性障害、外傷後ストレス障害、急性ストレス障害、物質誘発性不安障害など不安を主症状とする疾患群の総称で、特徴的な不安症状を呈するもの、トラウマなどが原因のもの、病気や物質によるものなどさまざまである。わが国では、なんらかの不安障害の生涯有病率が約9%と高く、米国でも年々増加傾向にあり、大規模調査によると10人に3人以上が経験する。うつ病などでは不安障害を併存する場合がある。原因は十分には解明されておらず、心理的、社会的な要因、脳機能に関係する生物学的要因が考えられている。薬物療法では抗うつ薬と抗不安薬を処方しており、抗うつ薬には選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRIなど、抗不安薬には精神安定作用を持つGABA受容体作動薬のベンゾジアゼピン誘導体などがある。
10.抑制性シナプス後電流
抑制性シナプスにおいて、プレシナプス(シナプス前)から分泌されるGABAをポストシナプス(シナプス後)にあるGABA受容体が受け取ると、受容体のチャネルが開いて負電荷の塩素イオン(Cl-)が細胞内に流入することで発生する電流。神経細胞の膜電位をよりマイナス側に低下させ(過分極)、神経細胞の興奮を抑制する。