下書き うつ病勉強会#184 慢性疼痛

 慢性疼痛性疾患は、新たな疼痛刺激が存在しないにもかかわらず、耐え難い痛みで日常生活が困難になる。この難治性の疾患に立ち向かうには、最新の遺伝子技術を用いた研究と、その結果を進化論から理解する知恵が必要だ。

「損傷」と離れた部位で起こる
「痛覚の変化」
 動物モデルでは、島皮質に疼痛記憶が保存されることが示されている。疼痛刺激が消失しても、記憶の貯蔵場所が何らかの原因で活性化すると疼痛記憶が再生され、最初の痛み刺激が存在しなくても疼痛が引き起こされる。

 島皮質はサリエンス・ネットワークを構成する重要な場所であり、サリエンス・ネットワークが活性化されると疼痛が再現されることは間違いない。

 慢性疼痛患者は頭痛の併存率が高い。脳は重要な臓器であり、頭痛は脳の異変を知らせる重要な警告である。そして頭部顔面の支配神経は主に三叉神経である。

 三叉神経領域の疼痛は、面白いことに、頭痛以外の慢性疼痛を誘発する。最近の研究によれば、三叉神経領域の慢性疼痛患者は、頭部顔面とかけ離れた場所である前腕、手、前脛骨部の感覚受容が過敏になり、外界の刺激に敏感に反応するようになる(1)。

 このような、疼痛が生じた場所(1次刺激による)とは異なる部位で疼痛閾値が変化する現象は、動物モデルで再現されている。マウスの顔面や頭部に疼痛刺激を与えると、のちに両側の後肢に慢性疼痛が形成される(2)。組織損傷部位とは明らかに異なる複数の部位で痛覚が鋭敏化する。

痛みの調節に関わる「右の扁桃体」
 実験では、ラットの上口唇にホルマリンを注射し、上口唇の炎症を起こすと、ラットはその部位をとても痛がる。しばらくすると上口唇の炎症は治まり、痛みは消失する。

 ところが、上口唇の疼痛は消失したにもかかわらず、後肢を触ると痛がる。口唇に侵害刺激(1次刺激)を与えたのに、口唇ではなく後肢に機械的刺激に対する過敏が生じる。

 炎症は三叉神経が支配する顔面領域であるが、疼痛の感作部位は腰部脊髄神経が支配する両側後肢である。疼痛の情動情報はすべて扁桃体を通過する。1次刺激による三叉神経の情報が、腰部脊髄神経の感度を変更させ、2次性の疼痛が惹起されたのである。情報が交差する扁桃体がハブとして機能したからである。

 右の扁桃体中心核(central amygdala)のγ-アミノ酪酸(GABA)作動性ニューロンをケモジェネティクスの手法で遮断すると、三叉神経からの1次刺激の情動情報が扁桃体に伝わらない。

 同時に、腰髄神経系の痛みを調節するcalcitonin gene-related peptide(CGRP)受容体をケモジェネティクスの手法で遮断しておくと、肢の神経に関する情動情報が扁桃体に伝わらない。

 これらの操作をしたラットの上口唇にホルマリンで炎症を惹起させると、予想通り、後肢に生じる異所性機械的疼痛過敏は形成されなかった(3)。扁桃体は痛み刺激に反応して、異なる場所の疼痛閾値を変化させる。

痛みへの警戒レベルを上げる
サリエンス・ネットワーク
 扁桃体は、側頭葉の内側部に位置する複数の神経核群で形成されている。情動の中枢で、恐怖や不安に深く関与する。不安障害などストレスに関連した精神障害は、扁桃体が過剰に働いている。扁桃体が過剰に活性化すると、過去のネガティブな記憶が再生され、必要以上に気になり、情報処理上のバイアスが形成される。

 身体の重要な司令塔である脳が近くにある顔面領域、あるいは免疫の重要な部位である腸管に外部から刺激が加わると、身体は臨戦態勢を形成するはずだ。そこで外部環境に対する警戒レベルを上げたのだと思われる。そうすれば、身体にさらなる損傷が加えられたとき、感知レベルが上昇しているので早期に対処できる。

 逃げることにおいては、移動に重要な下肢が攻撃されてはならない。だから下肢への攻撃に対し早期対処を可能にするため疼痛閾値を上げたのだろう。このようにして、下肢を保護しておくことは生存確率を高めるはずである。進行中の傷害(炎症)に対応して警戒レベルを高めれば、次なる侵害リスクから身を守ることが可能だ。

 サリエンス・ネットワークが活性化すると島皮質、扁桃体は連動して活性化する。サリエンス・ネットワークは、全身の疼痛警戒レベルを変化させ、次に襲ってくる外界からの攻撃を防御する役割がある。

 ところが、危険な信号が低下してもこの回路が機能したままだと、原因不明の慢性疼痛という厄介な病態が形成される。

 痛みに対する情動をコントロールすることが、慢性疼痛の治療につながる。デフォルト・モード・ネットワークを活性化する瞑想やマインドフルネスが慢性疼痛では有効だ。

文献

Greenspan JD, Slade GD, Bair E, Dubner R, Fillingim RB, Ohrbach R, Knott C, Diatchenko L, Liu Q, Maixner W. Pain sensitivity and autonomic factors associated with development of TMD: the OPPERA prospective cohort study. J Pain 2013;14:T63–74.e1-6.
Kopruszinski CM, Navratilova E, Swiokla J, Dodick DW, Chessell IP, Porreca F. A novel, injury-free rodent model of vulnerability for assessment of acute and preventive therapies reveals temporal contributions of CGRP-receptor activation in migraine-like pain. Cephalalgia 2020:033310242095979.
3.Sugimoto M, Takahashi Y, Sugimura YK, Tokunaga R, Yajima M, Kato F. Active role of the central amygdala in widespread mechanical sensitization in rats with facial inflammatory pain. Pain. 2021 Aug 1;162(8):2273-2286.

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