下書き うつ病・勉強会#20 躁状態先行仮説-8
躁状態先行仮説の反証可能性
躁状態先行仮説は、もちろん完全無欠ではありません。人によってはこの理論は科学的ではないといいます。この仮説が現在うつ病、躁うつ病と定義されているすべてを説明できるものではないことははっきり言っておきたいと思います。カール・ポバーの主張の通り、科学的仮説は検証可能であるべきで、反証可能性を明確にすべきです。躁状態先行仮説については次のような検証をすれば採用すべきか棄却すべきか決定できると思います。以下はどれも将来RCT(randomized controlled trial ランダム化比較試験)で検証出来ます。
1。躁病エピソードの終わりと次のうつ病エピソードの始まりとの間の間隔は、うつ病エピソードの終わりと次の躁病エピソードの始まりとの間の間隔よりも短いはずである。
つまり、躁→うつは因果関係ありだからうつの発病メカニズムに従う。一方、うつ→躁は因果関係なしなのでランダムに発生するという意味です。
2。リチウムまたはラモトリギンのような気分安定剤の予防効果研究は、これらの薬剤がうつ病相急性期の治療ではなくて、正常気分の時に始められた場合により有効である。
3。気分安定剤は、純粋な大うつ病エピソードの治療ではプラセボに比較して有意な効果がない。その際の純粋なうつ状態とは、不安あるいは躁症状がない、つまりマニー等価物がない、かつ発揚性気質を持つ人を除くものです。逆に、抗うつ薬は純粋な大うつ病のときに有効となるでしょう。
4。抗うつ薬は混合状態のうつ病、または発揚気質に見られるうつ病、またはマニー等価物を含むうつ病の人に効果がない。逆に気分安定剤や抗躁薬はそれらの場合に効果的である。
5。気分安定剤は、双極性うつ病と同様に単極性うつ病の予防に、抗うつ薬よりも効果的である。
躁状態先行仮説の臨床的意義
躁病がうつ病に先行しているはずとする考えは、現在の疾病分類学で言えば座りが悪い。臨床の観点から、うつ病はマニーに比較してより数多く、慢性であり、治療が困難であり、気分障害の臨床において主要な問題であることは確かである。しかしもしマニーを、神経の興奮を原型として考えるとして、現在よりもより広い定義でとらえるなら、軽躁状態、混合状態、発揚気質、循環気質、いらいら気質などは広い意味でのマニーであり、それがうつ状態を引き起こす原因となるのですから、うつ病の治療と予防に当たっては、こうしたマニー様の症状にもっと注意を払う必要があります。
うつ病の治療における薬剤選択は拡大し続けているものの、NIMHのSTARーDのような、最近の最良の研究でも、寛解率はあまり良くないし、オープンラベル、つまり二重盲検ではない状態での急性期治療で著明に改善するのは三分の一に過ぎないのです。長期治療の場合は、効果が不十分な場合には次にどの薬という具合に順番が決まっているのですが、1年の経過で見て、スタンダードな抗うつ薬を用いて単極性うつ病が寛解に至るのは40%に過ぎません。RTC(randomized controlled trial ランダム化比較試験)に比較して現実の治癒率はもっと悪いのですから真剣に対応を考える必要があります。
STARーDの結果をみると心配な点もあります。例えば、抗うつ薬が自殺の原因となるのか、あるいは自殺を防止するのかについて、文献の結論は様々です。それに対して、リチウムが自殺を予防することは論文でも一貫して示されています。また、データは抗うつ薬使用の増加と相関して自殺率が低下していることを示しています。ここに因果関係があると見る人もいるし、そのことを疑問視する研究もあります。
イライラするうつ病を混合状態として診断し適切に治療しなければ、自殺は企図され実行されてしまうと考えています。抗うつ剤はそうした混合状態を引き起こすことがあります。特に双極性障害なのに単極性障害と誤診された場合に、抗うつ剤が自殺を後押ししてしまう危険があります。たとえば小児思春期の治療で、抗うつ剤を使用する時には自殺の危険を考慮すべきです。小児思春期においては、双極性か単極性か鑑別することが成人の場合よりも困難です。
さらに、臨床において、気分障害の発生頻度が実際に増加しているのかどうかよく分からないこともあります。抗うつ薬や製薬会社が元凶だと言うのは容易ですが、しかし、問題は私たち臨床家の薬の使い方にもあるでしょう。精神薬理学と神経科学における私たちの進歩は我々に薬という偉大な道具を与えました。臨床家はまだその適正な使い方を知らず、たとえば、強力なエンジンを積んだ自動車と運転免許を与えられたけれども、運転のしかたについては充分な経験がない状態です。もし躁状態先行仮説が正しければ、興奮を予防すべきです。そうしなければ、治療結果は悪くなるはずだと考えています。
まとめ
私たちの躁状態先行仮説によれば、うつ病は、躁病、軽躁病、軽躁同等物、および不安のような神経の興奮状態の結果であることになります。この仮説では、双極性障害と単極性うつ病とは本質的に違わないと見ています。つまり、単極性うつ病の場合には、これまでの診断学的習慣に従って、軽躁等価物や不安をマニー成分と見ていなかっただけです。それをマニー成分と見れば、単極性うつ病は双極性障害と同じ見方ができるのです。気分安定剤による治療を継続すること、加えて、ストレス要因を減らすためにライフスタイルを見直すようにすれば、脳神経の過剰興奮とその後のダウンを予防し、うつ病の発生を防ぐことができると考えています。
次の解説では、躁状態先行仮説に関係するもっと実際的なメカニズムを紹介します。(つづく)